アート計画 グランドコンセプト
新しい窓辺

「窓」に「辺」の字を足して「窓辺」にすると、「海辺」や「岸辺」のように元の意味が拡張されて「空間」や「場」を表すようになります。「海と陸」のように相異なる対象が出会う「場」をとりまく「領域」。「窓」は、「内と外」をつなぐ開口ですが、「窓辺」になると、窓の周辺に広がる空間や、そこにいとなまれる時間にまで意識が及ぶように感じられます。
また、「窓」は、新しい世界や概念の「入り口」というように比喩的に用いられることから、未知の世界を象徴するアイコン(=記号)としても機能します。
医誠会国際総合病院は、従来の医療施設に加え、国際的な医療ツーリズムに対応する充実した空間整備を擁するとともに、かつて地域をにぎわした劇場文化の歴史や賑わいの再生を標榜する今までに例を見ない組み合わせの複合医療施設となります。「内と外」、異なる環境をつなぐ「窓」に「辺」の字を添えて「窓辺」とすることで、本院が、患者と医療人は勿論のこと、本施設と地域、ここに働く人と暮らす人、扇町に流れていた演劇人たちのかつての熱量と現在(今)など、建設を機に遭遇する様々な人・空間・時間をつなぐ「窓辺」となり窓の双方から響き合って新しい時代の風を循環させる美術装飾計画となっています。
i-Mall 北棟
NORTH WING
▮ アートストリート ▮
北棟1階外部 アートストリート
南北に通り抜けるアートストリートは、敷地東に接する堀川筋が「浪花百景」にも描かれる桜の名所であったことにちなみ建築周囲に植樹された桜と、劇場文化の賑わいを象徴するような赤い壁の色彩とともに響き合うフレームワークを構成しました。フレーム状の陶レリーフは、桜の色彩を基調にしながら何層にも釉薬をかけ、立体感や陶独特の質感を表現しています。さらに、季節感や人々の営みを構成したカラフルなグラフィックを窓や設備用扉まで表現媒体に拡張して表現しています。
また、ホロニクスグループのシンボルや医療と演劇を繋ぐ主題として、DNAの二重螺旋構造発見にまつわる戯曲「Photograph51」の題材を演劇ポスターのようにデザインし組み込んでいます。フレームを主体とした展開は院内のアートワークとも響き合い、「新しい窓辺」の主題につながり、医療施設と劇場のユニークな共存関係を軸に新たな地域活性を象徴する空間づくりを目指しています。
▮ 1F 総合案内 ▮
① 総合案内 壁面装飾:陶レリーフ
ヒトゲノムの中でタンパク質合成の意味をもつ遺伝子の数は研究により現在も変化しています。32億といわれるDNAの塩基対のなかでも比較的短いタンパク質の合成コードをもつ「Y 染色体性決定領域遺伝子」の塩基配列を、厚みのある土にレリーフし、生命の進化の歴史を刻むDNAの神秘性への視座を表現します。
生物の設計図である遺伝子情報を、最古の記憶媒体と言われる粘土板(陶)に碑文のように彫刻することで太古から続く生命の流れの深淵を表現しています。
② 受付カウンター 工芸ガラス天板 和紙パネル
DNA 二重螺旋オブジェの下に位置する受付カウンターは、水面(みなも)の表情をもつ工芸ガラスをカウンタートップとし、ガラス越しのゆらめく光を写し込む白からブルーのグラデーションに施釉した工芸陶板を組み込みました。
アミノ酸、糖、核酸塩基やタンパク質など、生命を培ったといわれる太古の海を青の釉で表現し、水面(みなも)の光や上部のオブジェと響き合い、潤いを感じ清潔感のあるさわやかなエントランス空間の設えにと考えます。
③ 吊りオブジェ
医療施設・劇場、双方の来館者が利用する空間へ、医学と演劇文化をつなぐ「窓辺」として、DNAの二重螺旋構造発見にまつわるエピソードを戯曲化した「Photograph 51」(初演2015年9月5日)を主題とし、螺旋状の二つの鋼棒をカラフルな編み紐でつなげたオブジェを吹き抜け空間へ構成しています。螺旋をつなぐ塩基対の組み合わせが生む無限の多様性を多様な色彩で表現しています。
※参考
ロザリンド・フランクリンがDNA の二重螺旋構造を示すX 線写真を撮ったのは1950年代初頭。彼女の写真は理論からたどり着きつつあったワトソンとクリックの研究を決定的に後押しし、新世紀医療の「窓」を開く大発見へつながります。当時珍しかった女性研究者の活躍と、ノーベル賞授与時にはがんでこの世を去っていたというエピソードは後に戯曲化され、舞台劇「Photograph 51」として上演、数々の賞を受賞し日本でも独自のキャストで舞台化されるなど医学界を描いたエンターテイメントとして注目されています。かつて扇町を賑わした演劇文化の再興を支援し、劇場を内包する画期的な医療施設となる本院の総合案内空間へ、新世紀医療を開く大発見と、舞台化された戯曲をつなぐ「遺伝子ーDNA」を主題としたアートを配置し、医療と演劇文化の「窓辺」を象徴します。
▮ 4F ▮
総合案内 壁面装飾:陶レリーフ
診療室の出入り口が並ぶ小児科の待合は、イタリア ブラーノ島のカラフルな街並みを彷彿とする色彩に塗り分けた壁と、多彩で個性的なパターンをデザインしたグラフィックを扉に構成し、楽しげな大小の窓辺を描いた陶レリーフを点在させます。
船で帰ってきた漁師が家を一眼で判るように塗ったのが起源というブラーノ島の色彩は現在、観光資源となるほどの景観を成し、来訪者の目を楽しませます。
待合ですごすこども達が色彩やデザインの豊かさを感受し、丁寧に作り込んだ陶レリーフの窓辺と共に時間を忘れてくれたらと思います。
▮ 4F~8F ▮
エスカレーター側壁 金属オブジェ・陶レリーフ
エスカレーターの昇降位置付近の壁へ、シックに塗り分けた金属フレームにフロア階を示す陶レリーフを組み合わせて配置しています。階数部分には堀川桜をイメージした桜色を差し、金属枠は壁面の色に調和する若草色や抹茶色、桜色などを用いた色合わせとし、屋外と屋内を色彩でつなぐ窓辺を表現しています。
▮ 7F~8F ▮
階段室吹抜 陶レリーフ
吹き抜けの上部から自然光が差し込む空間は、海面からの光を受ける浅瀬の水中のようでもあります。DNA二重螺旋からはじまる生物多様性を海底に漂う珪藻のユニークなイメージを緻密に彫刻した小さな陶オブジェを密集させて窓をくり抜くように配置しました。白く化石化したような質感は、白亜紀には多様性を獲得していたとされている珪藻の時間の堆積を表しています。生命を育んだ時間、太古と現在を繋ぐ窓辺です。
珪藻土の壁と陶レリーフのコントラストが見る人の心象に響くことで、空間そのものが「窓辺」となり、待ち時間を心地よく過ごす一助になればと思います。
南棟
SOUTH WING
▮ 15F ▮
特別個室 特別個室・パブリックエリア装飾
特別個室各部屋に飾られる平面写真作品の被写体となった陶土のレリーフはその後、陶芸の乾燥・焼成の工程を経てラウンジの壁面装飾として構成されます。
様々の吉祥文様をモダンに組み合わせた陶レリーフは、焼成前とは異なる焼き物に特有の質感と焼成を経ることによる釉薬の妙を楽しむ飽きのこない空間を和めるしつらえになります。
連絡通路
connectingpassage
▮ 道路上連絡通路 ▮
陶オブジェ
北館と南館を繋ぐ通路は、建築設計によって一松に配置された窓のフレームの一部を、西側と東側で色を変えて塗り分け、外構からの光を淡く優しい色彩に変えて空間にもたらす仕掛けを施し、ユニークな一松配置を生かすように窓を縁取る陶のフレームをさまざまに配置します。
通路両側から自然光が取り込める明るい空間に合わせて、比較的淡い色彩を中心に北欧インテリアのような優しい光で包まれるような印象を目指しました。空間に柔らかな色合いを追加することで、通過する時間が楽しくなるようなしつらえになればと考えています。